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東京高等裁判所 昭和60年(く)101号 決定

少年 D・T(昭四五・九・二生)

主文

原決定を取り消す。

本件を横浜家庭裁判所小田原支部へ差し戻す。

理由

本件抗告の趣意は、附添人が提出した抗告申立書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

抗告趣意中事実誤認の論旨について

論旨は、要するに、原決定の引用する昭和六〇年三月一八日付少年事件送致書記載の犯罪事実第一(以下単に第一という)について、少年は右第一の強姦の実行行為に加わつていないばかりでなく、共謀にも関与しておらず、偶々犯行現場に居合せただけであるのに、少年につき右第一の強姦罪の成立を認めた原決定には決定に影響を及ぼす重大な事実の誤認がある、というのである。

そこで一件記録を調査して検討すると、関係証拠なかんずく本件に関与した少年の友人A、B、C、H、E、F′ことF及び少年の司法警察員に対する関係各供述調書によれば、少年は本件当時中学二年生(一四歳)で中学生の非行グループに属していたものであるが、本件の際少年がAら少年と同じグループの友人六名とともに少年らのたまり場所となつていた第一記載のG方に在室中、前記Aらにおいてその場にいた被害者(当時中学一年生で一三歳の女生徒)を姦淫することを謀り、右Aら四名が同女を強いて順次姦淫したことが明らかであり、右の状況からすれば少年は直接姦淫の実行行為に及んでいないとはいえ、少なくとも犯行に関与した友人らとの間で同女姦淫の共謀はこれをしたのではないかという強い疑いを否定することができない。しかしながら、更に考えると、前掲証拠によれば、本件の共犯とされる少年の友人らはいずれも当時一五歳の中学三年生で、少年より年齢、学年とも一年上であり、少年は日頃同人らを先輩としてたて、同人らに対しては控え目に行動していたことが窺われるところ、少年は前記A及びBの両名が、路上で出会つた被害者を犯行場所である前記G方に連れ込んだ後に、被害者が在室していることを知らずに他の友人四名とともに右G方を訪ねたもので、少年において姦淫の目的で同所に赴いたものではなかつたことが明らかであり、その以後においても少年が被害者姦淫の共謀に加わつたと認め得る具体的な証跡に乏しく、少年は、本件の際の自己の行動について、自分はその時被害者の体には一切手を出しておらず、部屋の隅で様子を見ていただけであるとか、先輩達がセックスを終えた後、Hからお前やらないのと聞かれたが、先輩達の前でセックスをするのが嫌だつたので俺はいいですよと言つた等と供述しており(少年の司法警察員に対する供述調書)、関係証拠を精査しても、本件の際の少年の行動としては少年は先輩である友人らの行動に口を差し挾む等のこともなく、ただ事の成り行きを傍観していた色彩が強いのであつて、第一の事実について少年に共謀があつたと認めるには証拠上疑問があるというべきである。

もつとも、Bの司法警察員に対する供述調書には前記Aがまず被害者を姦淫した後、同人に続いて被害者を姦淫する者の順番を決めるためAを除いた六人でジヤンケンをした旨の記載がありF′ことFの司法警察員に対する供述調書には、同じく右の順番を決めるため同人、C、H、E及び少年でジヤンケンをした旨の記載があり、これによれば少年も右ジヤンケンに参加しており、そうであるとすれば少年について強姦の共謀があつたことを肯認できるかのようであるが、Eの司法警察員に対する供述調書には、C、F′、Hがジヤンケンをしていた旨記載されているのみで少年については言及されておらず、右ジヤンケンに加わつた者について関係者の供述が必ずしも一致しているわけでなく、また少年は、ジヤンケンのことについては何ら触れておらず、更に右の点について特段弁解を聴取された形跡もないのであつて、前記BやF′ことFらの司法警察員に対する各供述調書中の一片の記載のみをもつて少年がジヤンケンに加わつていたとしてそのことから本件について少年の共謀を認めるのは根拠が薄弱に過ぎるといわなければならない。

以上のとおり、少年について第一の事実の成立を認めた原決定には事実誤認があると認められるところ、関係証拠により肯認できる前記送致書記載の犯罪事実第二の強姦の非行事実のみをもつて、なお少年を初等少年院に送致(一般短期処遇勧告)するのを相当とするかどうかについては、少年の要保護性の程度、家庭及び中学校の受入れ態勢等をも含め、更に慎重な審理を必要とするから原決定の前記事実誤認は決定に影響を及ぼす重大なものと認められる。

よつて処分の著しい不当をいう論旨について判断するまでもなく原決定は取り消しを免かれない。

そこで、少年法三三条二項、少年審判規則五〇条により原決定を取り消し、本件を原裁判所である横浜家庭裁判所小田原支部へ差し戻すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 柳瀬隆次 裁判官 阿蘇成人 中野保昭)

〔参照一〕 送致命令

決定

本籍神奈川県座間市○○××番地

住居同県厚木市○○××番地の××

静岡少年院在院中

少年D・T

昭和四五年九月二日生

附添人弁護士 ○○○

同 ○○○

右少年に対する強姦保護事件について、昭和六〇年四月一一日横浜家庭裁判所小田原支部がした少年を初等少年院(一般短期処遇勧告)に送致する旨の決定に対し、附添人から抗告の申立があつたが、当裁判所において昭和六〇年五月八日原決定を取り消し、同事件を横浜家庭裁判所小田原支部に差し戻す旨の決定をしたので、更に次のとおり決定する。

主文

静岡少年院長は、少年を横浜家庭裁判所小田原支部に送致しなければならない。

昭和六〇年五月八日

東京高等裁判所第三刑事部

裁判長裁判官 柳瀬隆次

裁判官 阿蘇成人

裁判官 中野保昭

〔参考一〕抗告申立書

抗告の趣旨

原決定を取消す。

本件は原裁判所に差し戻す。

との決定を求める。

抗告の理由

原決定には以下詳述するように、その認定非行事実に重大な事実の誤認があり、又少年の要保護性の判断に重大な影響を及ぼす当該少年の犯行態様、役割、動機、少年の保護環境等に対する事実誤認の結果著しい処分の不当を犯したものであつて破棄取消しを免れない。

第一認定非行事実の重大な事実誤認

原決定は少年D・Tの非行事実について、安易に司法警察員作成にかかる昭和六〇年三月一八日付少年事件送致書記載の犯罪事実をそのまま認定し引用している。

ところがこの送致書記載犯罪事実は、第一と第二の二つの場所の異なる強姦事実から成つているものであり、第二の犯行である○○広場土手下の河原における強姦はともかく、第一のG方における強姦については、少年D・Tは無実、無罪であることが明らかである。従つて原決定はこの点についてだけでも決定に影響を及ぼす重大な事実の誤認があり、取消しを免れないものである。

以下少年が無罪である理由を原審記録に基づいて詳述する。

(1) 送致書記載犯罪事実第一の事実(以下単に第一事実、第二事実と略称する)に関する少年D・T(以下少年Tと略称する)の関与の有無、形態、共謀の有無、実行行為の有無について

〈1〉 少年Tの真実の行為

少年TがG方に行き、その居室に入つたのは昭和六〇年二月二三日(土)の午後八時二〇分から三〇分頃のことである。

少年TはG方に被害者I子が居ることを予想もしていなかつたし、その在室を見ても在室理由が全く理解できなかつた。ためにI子の在室理由を本人およびAに尋ねたが要領を得なかつたのでそのまま皆とテレビを見、食事をしたのである。

午後九時頃テレビ番組が終り、A、B、HらがI子に対する姦淫の相談を少年Tの間近でしたのを少年Tは聞いたが、その意味は理解できたものの同少年は相談を受けていたわけでもなく、明示的には勿論、黙示的にも一切意を通ずることはなかつたのである。

少年TはA、C、F′、HらがI子に対して次々とフトンの中で姦淫らしき行為に及んでいるのを目撃していたが、その犯行を容易にするなどの行動は一切とつていないし、又I子の身体にも一切手をふれていない。

以上が第一事実に関する少年Tのかかわり方の全てであり、同少年はHからお前もやらないかと誘われても拒つているのである。

〈2〉 証拠

以上の事実を認めることができる証拠は、先ず被害者I子の司法警察員に対する供述調書(三月一日付)第八項ないし第一四項、Bの同供述調書(三月八日付)第一七項、Cの同供述調書(三月八日付)第一六項の(四)項(五)項、Hの同供述調書(三月一二日付)第一二の(三)項、(四)頁、Eの同供述調書(三月一二日付)第七の一〇項ないし一六項、Fの同供述調書(三月一四日付)第六の六項ないし一三項、少年Tの同供述調書(三月一八日付)第一三の(一)項ないし(六)項の全てにわたつている。

これらの関係者の供述は全て一様に少年TがG方において被害者I子への姦淫行為に加わらなかつたこと、又輪姦の相談、謀議にも参加していないこと、少年Tは年齢、学年ともにただ一人一年下であり、中学三年生であつた他の者には対等の相手、同輩として取り扱われていなかつたことを示すものとして十分である。

原決定非行事実の認定は上記の各証拠が一致して示す少年Tの犯行非関与、共謀不参加の事実を安易に見すごし、単に犯行現場に同室していたとの事実をもつて共謀共同正犯の認定をなしたものと非難されてもやむを得ないのである。

あるいは原決定はG方での共同犯行について、前記各供述調書中唯一つ少年TについてふれているFの供述第六の九項記載の皆でジヤンケン(輪姦の順番を決める)をしたが、その中に少年Tが入つている旨の点を共謀の認定に用いたのかもしれないが、Fの記憶は同調書第六の五項にもあるとおり「細かいことは忘れてしまつた」とのことであり、全面的にこれを信用することはできない性質のものであり、思い違いの存在は大いにありうるのである。現にこのジヤンケンについて直接ふれている前記Eの供述調書第六の一四項は「C、F′、H」の三人がジヤンケンをしたとあり、少年Tの関与は否定されているのであり、これを被害者I子の供述調書一三項についてみても、ジヤンケンについて名前を挙げているのはF′、Hなのである。

従つて、原決定が上記F供述を根拠とするものであれば、証拠の取捨選択を誤つたものであることが明らかであり、少年Tについて第一事実の犯罪は成立し得ないのである。

〈3〉 結論

以上の諸点と本件の調査記録を含む全記録を総合すれば、後に述べるようにいまだ一四歳で自立的判断が未成熟で同行者中唯一人の最年少者である少年Tが他の中学三年生の先輩に対等に交わつて共謀をした事実は認められず、第一事実について同少年は無実無罪であり、この点の原決定の事実誤認は原決定に著しく影響を及ぼしているものと言われなければならない。

第二本件犯行に対する少年Tの関与の程度、役割、犯行態様、動機等処分の程度に関係する事実について

第二事実について少年Tが姦淫行為の実行正犯として加わつたこと自体は事実であるが、少年保護処分にあたつては、あくまでも少年法第一条所定の少年の健全な育成、性格の矯正等の目的が忘れられてはならないことは言うまでもない。

この保護処分の基本的目的から考えれば、成人事件の場合と異なり、刑法理論の機械的適用ではなく、共犯者中における当該少年の役割等の事情をも十分に考察がなされなければならない。

本件第二事実が生起したきつかけは、Eが第一事実の犯行後であるにもかかわらず、なおも重ねての姦淫の意図を示し、FやHがこれに賛同した結果であり(F供述六の一三項)、少年Tはこれら三年生につき従つたにすぎない。

少年Tは第二事実について最後の実行者であり、その以前に河原のベンチ運びを命ぜられてこれをなさざるを得ず、先輩らがさんざんに姦淫に及ぶのを見せつけられ、かつ性的に全く未体験であつたが、ここで犯行に加わらなければみつともないとの心理にかられ、群衆心理の作用も働いて犯行に及んだものである。

従つて、少年Tに第二事実の犯行抑止力が働かなかつた点は確かに責められるべきであるが、共犯中その責任は最も軽く、役割も比較的に最も軽いとみなければならない。

加えて一四歳、少年にとつて性的好奇心、性的欲求が身体の発育とともに非常に昂進する時期にあることは公知の事実であり、本件のような状況下でその性的欲求の抑制をひとり少年Tに求めるのは倫理的非難は別として、法的には難きを強いる面があることも肯認されなければならない。

原決定はその審判記録から知られるように、少年Tの姦淫行為の方法自体をも問題とするようであるが、学校や家庭における性教育が我国においては極めて不十分なのに比較して、テレビ、雑誌(特にいわゆるエロ本)等による強烈な又異常な性的刺激が巷に充満し年少者ほどこれに抵抗できず、特に刺激の強い情報が知識として吸収されやすいことも周知の事実であるとともに本件全記録を通じてうかがわれることであり、あながちあやしむに足りないことと言わなければならない。

このように、本件における少年Tの関与の程度、態様、役割、動機等につき、原決定は少年法第一条所定の審判目的に測つたきめ細かな認定をなしたものとはとうてい解されず、事実の認識不十分のまま決定をなした疑いが濃厚であり、重大な事実誤認があると言わなければならない。

第三少年Tの要保護性の程度、処遇内容、保護環境の内容等について

原決定は少年の行動歴、保護者の保護能力の程度、家庭環境及び少年の資質等を総合して、社会内処遇による少年の再非行抑止が困難であり、少年を初等少年院に収容し矯正教育を施すことが必要であると認定している。

然しながら、この認定には少年保護のあるべき基本的な方向、少年院矯正教育の実情に関する根本的な認識の誤りと本件記録上明瞭な捜査機関意見、鑑別意見の独善的無視、少年保護環境整備にむけた保護者および学校の保護環境状況への誤認ないし認識不足があると言わなければならない。

(一) 少年保護の基本的方向と少年院矯正教育の実態

少年保護の基本方向はあくまで、可能な限り社会内処遇でなければならない。このことは少年法の基本精神である。

少年の通有性は社会的トレーニング、社会的常識、社会的規範意識(ルール)のあり方について認識状況および認識能力が未成熟であることである。

少年又は青年が可塑性に富むと一般に言われることは、逆に言えば良くも、悪くもかたむきやすいということである。この可塑性を社会的ルールに従つた善良な方向に導くには、そのルールが一般社会のものである以上、一般的な社会の内に少年を置いてこそ体験を通じてルールを体得できるのであり、社会内処遇こそ少年保護処分の大原則でなければならない。

これに比較して施設内処遇は、一般社会から隔離隔絶された特殊な環境で少年を処遇するもので、主として知的側面に訴える手段であり、かつ拘禁隔外感および強制感という強い副作用を伴う手段にすぎない。

我々法律家の間においては、成人事件についても短期自由刑が改善効果に比較して、弊害面がより強いことは周知の事実であり、又成人刑事事件を多数扱うなかで、少年院仲間なる関係がその少年の成人後の対人関係を大きく支配し、やがては成人後累犯的状況に及ぶ事実がきわめて顕著であることも広く知られていることである。

このことは我国の少年に対する施設処遇が、特に短期のそれがいまだ十分な教育的効果を発揮する高度の段階に至つておらず拘束感、被害意識それを契機とする犯罪者仲間意識の助長、といつた障害面のみがあらわれ勝ちであることを示すものと考えなければならない。

この点で原決定には少年院矯正教育の実態、現状に対する正しい認識が欠如しており、ひるがえつて少年法の基本精神に対する正しい認識不足ないし誤解がひそむものと言わなければならない。

(二) 要保護性の程度について

少年Tの非行歴は記録上も明らかなように、刑法犯としての占有離脱物横領一回、喫煙三回の計四回にすぎず、家庭裁判所の審判事件をひき起したのは今回本件が全くの始めてである。

又その非行動機についても調査記録上明らかなように、中学一年入学当初学友間のいさかいを原因として隔外状況に陥り、これを回復するためにあえて強がる姿勢を確保し、そのために年長のいわゆる番長グループと接触を保つ中で発生したものであり、動機自体悪質でもなければ理解困難なものではなく、比較的単純素朴なものと言わなければならない。

又少年Tの知能指数は鑑別結果通知書に明らかなごとくIQ九七と普通ないし、非行少年としては高めの数値を示しているのである。さらに学業成績についてこれをみても、非行行動にもかかわらず成績は中の下程度を示しており、素直な面も十分にあり、出席日数等についても身体不調の面を除けば怠学現象はみられず、一学期五月、二学期一〇月、一二月は全出席日数登校学業についているのである。

このような状況から調査記録中の学校照会回答は、処遇意見として学校内において大きな逸脱はみられないとしているのであり、又鑑別結果報告書についてこれをみても、基本的には両親あるいは実兄の指示は素直に受け入れ、承認欲求を満たそうとするところがあり大きく行動が崩れていくところはみられないとしているのである。

本件記録中にはこれらの事情を基本として、捜査にあたつた○○警察署担当官および鑑別官において在宅保護、保護観察が適切であるとの意見が付されていることが大きく留意されなければならないのである。

ところが、原審家裁調査官の意見はこれと異なり、処遇意見として初等少年院送致を相当とするとしており、その理由として、主として少年Tの母の指導方針が独善的であると決めつけ、少年のみを信じ被害者を悪く言うような態度で真摯さに欠けるので保護能力に問題があると結論づけている。

この調査官意見は本件事件発生後の少年の母親の行動に対する感情的反発と、事件の刑法犯的重大性にひきずられて、少年の保護環境に対する冷静な考察を欠いたものであつて、とうてい首肯できず、原決定がこの調査官意見をそのまま採用したことが記録上明らかである以上、原決定の欠陥を示すものとして批判されなければならない。

すなわち、少年の保護環境、保護能力を示す指標の一つが母親の対応にあることは事実であり、この点に関して調査記録中学校照会回答に「独自の教育感(子供を信ずる)」なる記載があつて、母親が子供の弁護に回る傾向があるとする指摘があることも事実である。

然しながら、この母親の独自の教育観なるものの実態は、後に同人の上申書において示すとおり、自己の比較的恵れなかつた成育家庭とそれにも負けずに健全に育成してきた自負が我が子においてもそのまま通用するだろうという子供に対する信頼と愛情の発露であつて、親が我が子に対する態度としてそれ程不自然なものでもなく、本件のような重大な事件を子供が引き起したと知つた後はすでに提出した「事情聴取書及び上申書」添付書面にあるとおり、我が子に対する態度を根本的に見直す姿勢に立ち直つているのである。

又少年Tの父母が父親の女性問題を契機に不仲となり、それが一時的一部別居の状態を招いたことは事実であるが、本件を契機に父母が関係修復をはかり、子供の健全な育成には全ての障害を除去しなければならないと合意し、家庭環境、少年の交友環境が著しく改善されていることは父親の提出済み上申書および追つて提出する上申書によつても明白である。

これらの事情を総合すれば、本件母親がJ子に対して事情聴取の行動に出たのは、決して捜査官憲の非をことさらにあげつらおうとしたものではなく、子供に対する基本的信頼感(その内容は前述した)に立つて事案の真相を知ろうとしたことに端を発しているものであり、又○○警察署が何故か目撃第三者たるJ子の供述を求めていないことを知つて真相がねじ曲げられてしまうのではないかとの不安にかられて採つた行動であつて、世の一般的母親と大いに異なる特異な行動とは言い得ないのである。

この点に原審調査官が不信の念をいだきかつ反発を覚えたであろうことは記録上容易に推認できることではあるが、それがために調査官意見が保護環境に問題ありとしたのであれば、きわめて感情的な対処であり、母親の心理の洞察に欠けたものと言わなければならない。

少年Tが本件事件の他の少年のように、前歴が多数あり、しかもすでに家庭裁判所で保護観察処分を受けているにもかかわらず、本件事件を引き起したならば、少年Tの父母の監護教育について欠陥があり、保護能力無しと判断されても已むを得ないけれども、少年Tは一回の前歴があるのみである。もし、母親が保護能力無しと認められても、保護観察処分となし、保護司と共同で少年Tを監護教育をする機会を与えるべきであつたのである。そのうえで、少年Tが再度事件を引き起したときに、少年を厳罰に処すべきことが、少年法の基本的な精神ではなかろうか。調査官の意見及び原審決定は、この少年法の精神を放棄し、いたずらに少年の更正を無視した処分であつて、許されるものではない。調査官は少年の母と面会した時の感情を直接意見書に記載したものであつて、少年の将来の生活環境を全く考えない感情的、短絡的な見解である。

以上要するに少年Tに関する家庭環境、保護者の状況については本件事件以前問題点が存したことはあるが、本件を契機に著しく改善されており、少年の社会内処遇を不可とするような事情はないのである。

加えて追つて提出するように、少年の通学先の○○中学校においても、本件を契機として改善された家庭と緊密な連絡をとり、少年の学校内保護改善に努める旨の意見表明もなされており、原決定はこの点少年の要保護性の程度および方向を誤つた結果著しく不当な処分をなしたものとして取消されるべきである。

第四事実の取調べ請求

前記のごとく本件原決定後原決定をふまえて、少年の通学する中学校の上申書、少年父母の上申書、被害者との示談書等の審判をなすについての重要な書証が作成提出されるので、これらの書証について少年審判規則第四九条により事実の取調べをなされたい。

編注 受差戻し審(横浜家小田原支 昭六〇(少)七七九号 昭六〇・五・一六保護観察決定)

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